福岡市市民会館 [日常]
現在は須崎公園となっていてその先に市民会館がある。
尖った屋根の向こうにサンタクロースの茶色の煙突のようなものが見えるがあれは、市民会館の向こう側にある県立美術館。
確か、昔は県立文化会館と呼んでいた。
小学生の頃、ツタンカーメン展が開催され、黄金のマスクをそこで見た。
因にそれから数十年後、私は、エジプト カイロの国立博物館を訪問し黄金のマスクに再会した。
子供の頃相当刺激を受けたのだろうなあ、、、。
そう思うと、青少年期の様々な体験はその後の人生に非常に重要な影響を与えるのかもしれない。
市民会館は、かつての私の職場みたいなもの。
というのは、学生時代、呼び屋(あるいは興行師:今の音楽プロモーター)をやっていて、ここでよくコンサートをやっていた。
最初はアルバイトからスタートしたが、最終的には月給をいただくようになっていた。
マイカーを乗り回し、レストラン、カフェ、FM局DJ、海外旅行などと、、おかげでそこそこリッチな学生時代を過ごすことができたが、卒業して東京でサラリーマンになったとたん、一気に年収がダウンした。
何のために就職したのか自問自答を繰り返す毎日。
安月給に、家賃に食費にと高物価が重くのしかかり、可処分所得は無いのも同然。
厳しい生活が続いたが、今から思うとそれも人生のいい経験となり、振り返ると楽しい思い出ばかり。
側面にアーティストのロゴや会社のロゴが大きく書かれたトレーラーバンがここに駐車して機材を搬入する。
機材搬入や照明、PAのセッティングがホール内で行われている間、アーティストや我々スタッフは特にやることはないので、ブラブラと外に出たり、駐車場あたりで一服したり、だべったりしていた。
そんな時に、ここにフラフラ現れたのが、後日 荒井由美さんのご主人となった松任谷正隆さん。
確か秋だったと思うが、彼は白い短パンにスニーカー姿。
ほほう、東京のスタッフは違うなあ、、と、まるで暑がりの米国人を見るような感覚で感心した覚えがある。
みんな独身だったので、馬鹿話をしながら時間をつぶした。
その場所が、ここ。
何十年経っても変わっていなかった。
いろんなアーティストとここで談笑したり打ち合わせをしたりした。
しかし、また、このようにここを毎日歩いているわけで、なんとも人生どう展開していくのかわからない。
懐かしさと言うより
興味津々というところか、、。
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