田原圭一氏 [日常]
先ほど、6月6日、写真家の田原圭一氏が亡くなったとの訃報に接した。
ちょうどその日は私の大学での講座で木村伊兵衛賞を受賞した写真家の講義をしていた日にあたる。
田原さんの話もしていて当時、光の魔術師とも言われてパリの鋭い光と陰の世界を象徴的に表現し一世を風靡したことを写真集を見せながら学生達に話していた。
毎年この時期になるとこの話をしているのだが、来年からは故人として話さなくてはならなくなった。
彼がパリから帰国した頃仕事を通じて知り合ったが、私も彼もまだ30歳そこそこだったので、映像についての夢や考え方をよく語り合った。
確か青山通りのカフェで夜遅くまで語り、飲み明かした覚えがある。
これはその当時の写真だが、その後ご無沙汰していて、時々どうしているかなあ、、と思ったりしてはいた。
時の流れはあっという間に流れて、、、多分街で突然会ってもわからなかっただろう。
彼も多分そう思うだろうな。
改めて彼の業績を見てみると、写真家という領域から大きく飛び出し、建築や世界的ブランドのコンサルティングなど素晴らしい仕事をしていたことがわかった。
確かにご無沙汰になったわけだ。
気になった時に会っておくべきだった。
誠に残念無念。
合掌、、。
ちょうどその日は私の大学での講座で木村伊兵衛賞を受賞した写真家の講義をしていた日にあたる。
田原さんの話もしていて当時、光の魔術師とも言われてパリの鋭い光と陰の世界を象徴的に表現し一世を風靡したことを写真集を見せながら学生達に話していた。
毎年この時期になるとこの話をしているのだが、来年からは故人として話さなくてはならなくなった。
彼がパリから帰国した頃仕事を通じて知り合ったが、私も彼もまだ30歳そこそこだったので、映像についての夢や考え方をよく語り合った。
確か青山通りのカフェで夜遅くまで語り、飲み明かした覚えがある。
これはその当時の写真だが、その後ご無沙汰していて、時々どうしているかなあ、、と思ったりしてはいた。
時の流れはあっという間に流れて、、、多分街で突然会ってもわからなかっただろう。
彼も多分そう思うだろうな。
改めて彼の業績を見てみると、写真家という領域から大きく飛び出し、建築や世界的ブランドのコンサルティングなど素晴らしい仕事をしていたことがわかった。
確かにご無沙汰になったわけだ。
気になった時に会っておくべきだった。
誠に残念無念。
合掌、、。
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